埼玉の看護学校で学んだことと得られた成果

現在は一人前の医療従事者という誇りを胸に抱きながら仕事をしています

私も当初は怖くて泣きそうになりながらおこないましたが、幸いにも親友と呼べる子が相手になってくれたおかげで気負いをせずに練習を重ねられました。
卒業式のときには一人前の技術と知識が身に付き、戴帽式を経て正看護師の免許を手にしました。
埼玉では年間約450名のナースが誕生をしていますが、この数は全国の都道府県の中ではトップレベルです。
そのまま県内で就職をする方がいる一方で首都圏や地方へと向かわれる方も多く、私は亡くなった祖母のふるさとである青森県に向かいました。
21歳という年齢で初めて訪れた青森県でナースとなり、当初は総合病院の病棟を担当するにいたったわけです。
病棟は3交代制で、新人だと大半が夜勤を任されます。
就職した1年目は療養病棟に赴任をして、寝たきりの高齢者さんのお世話をしました。
点滴の交換から採血・バイタルのチェックなどを毎日おこない、私が祖母にできなかった手厚い看護をその方がたにしたものです。
そして3年目になると外来の担当となり、大きくスキルアップをして後輩の指導もしました。
現在は大学病院のオペ室で勤務をする手術専門看護師となっており、医師と協力をして高品質な医療を提供するように努めているところです。
看護学校時代はまだ未熟な学生でしたが、埼玉で覚えた基礎知識を活かして実務につき、現在は一人前の医療従事者という誇りを胸に抱きながら仕事をしています。
埼玉の看護学校で学んだ人命の尊さを忘れず、これからも医学に貢献していきます。

看護師として大学病院に勤務をして、15年目になります埼玉の看護学校で学んだことと得られた成果、近況について現在は一人前の医療従事者という誇りを胸に抱きながら仕事をしています